SingularityU Japan Summit

矢野 和男(理事 研究開発グループ 技術長 博士(工学) IEEE Fellow)
小野 綾子(システム&サービスビジネス統括本部 人事総務本部 人財企画部 人財開発グループ 主任)
パトリック・ニュウエル(シンギュラリティ大学ジャパンサミット代表)

パトリック

今回のサミット準備のため、11社のパートナー企業の皆さんとお話しする素晴らしい機会をいただいています。それぞれの企業の違いを理解するのはとても興味深いプロセスです。特に、各社の人事のあり方については、いろいろ学ぶところがありました。人事部署には、従業員の未来を準備する役割があり、各従業員は、それぞれの目指す未来に到達する可能性をもって評価を受けるべきだと考えますがいかがでしょうか。

矢野

私は、人事担当者の相対的な位置付けは、採用、人財開発、教育など、決められた機能を単に実行するという従来の役割を超えて、より企業にとって戦略的な役割を期待されるようになってきていると思います。これまで日本の企業には長期雇用という制度を重要視してきました。しかし、人工知能や情報関連の分野においては、この数年間で状況が劇的に変化しています。日本企業はまだその変化に対応出来ていないと感じています。特に日本では戦後、ルールをしっかり決めて、それを皆できっちり守ることで、品質の高い製品を創ってきた成功体験があります。今、時代が変化や多様性を重視するようになり、この成功体験がむしろ足かせになってきています。日立はエレベーター、機械、建設用重機、金融システムなど信頼性の高い製品をこれまで世の中に送り出してきました。これをOT(Operational Technology)と呼び、これはもちろん今も重要ではありますが、一方で、今急速に発展するIoTやAIを活用するには、IT分野のようなスピードや柔軟性も求められます。ITとOTでは、仕事の仕方も文化も全く異なっています。今後の社会では、このITとOTが混在した状況となりますので、我々はこれらの異なったもの同士をうまく融合させることが必要だと思います。

パトリック

今後はますます多くの異なったものが存在するようになるのではないでしょうか。まだ、コレクティブ・インテリジェンス(集合知)となるような繋がりが弱いのだと思います。私は25年ほど教育の分野に携わっているので、未来の教育に関わるこの点には非常に興味があります。未来の教育に必要なものは何とお考えですか。

小野

個人によって必要なものは変わってきているので、それに合わせた教育をやるべきと考えています。これまで長年に渡って一律の教育をしてきましたが、これから変える必要があるので、日立でも検討を始めています。現在当社では、入社してから2年間は既定のトレーニングと若手社員を対象とした技術教育があります。その後は自主的に教育を受けるような仕組みになっています。

矢野

アメリカの状況が参考になるかも知れません。「個人」の能力が重視されており、それは裏返せば、過去の人脈を大いに活用する組織ともいえます。組織間を移動する中で、以前の会社で学んだことを活用し、発展させるオープンな環境があります。一方日本の会社がクローズです。もっと外の人脈を生かすことが必要だと感じます。

パトリック

どのような職に就いていたとしても、「個人」が働いて行く中で、それぞれが未来に向けた成長を考えることは大変重要です。先日の貴社でのワークショップで、世界経済フォーラムが発表した「2020年に世界で必要とされるスキル」についてお話しをし、それらのスキルを参加者の皆さんがどれだけお持ちかを自己評価していただきました。これらのスキルはとても重要になるでしょう。先ほどお話しされた個人の学習の重要性とも結びつくものだと思いますので、人事がその習得を促進するのは良いことだと思います。今後、個人としてのポテンシャルを大切にして行く中で、人事部署の持つ力というのは大きくなるのではないでしょうか。

矢野

私は、社員の一人ひとりが「今取り組んでいる仕事はずっと続くものではない」「ひとつの仕事のサイクルは年々短くなる」、ということを認識する必要があると思います。以前、仕事は30年、40年と続けるものでしたが、今は10年続くか、むしろそれ以下になってきています。それが当たり前の状況になっているのです。新たな分野や課題に対し、どう問題に取り組み課題を解決して行くか。その方法を早く学び、どうスキルや経験を活かして新しい分野に挑むかが重要です。日立には、およそ2,700名の研究開発に関わる人財がおりますが、長い時間をかけて培ってきた研究開発のノウハウがあります。研究では、長期と短期、ボトムアップとトップダウン、外部との協調と内部での投資、ニーズドリブンとシーズドリブンなど対立する要因があり、常にこのような対立する要因間での融合、調和というものが必要とされます。もちろん企業の研究ですから、研究成果をプロフィットに結びつけることは重要です。しかし、このプロフィットへのこだわりが、ともすれば自分の専門分野という手元に狭くなりがちな研究者の視線を、上に向け、現実社会の課題解決へとむけさせることができるのです。それは伝統的な研究のイメージ、即ち論文や特許を書く人というイメージとは大きく異なります。

パトリック

日立のクリエイティビティ、イノベーションへの取り組みは、他社とどのような違いがありますか。

矢野

日立のその点はとてもユニークです。弊社の創業者は、社会のために独自開発のテクノロジーを役立てるために会社を設立しました。その意味で、非常にテクノロジーに重きをおいた会社です。事業の規模と多様さが特徴でもあります。約10兆円の売上があり、30万人の従業員がいます。現在、製品を中心としたビジネスから、サービスと顧客に重きをおくビジネスへの、大きな変換に取り組んでおり、IoT、人工知能を活用しています。ここで日立の事業分野の多様性が大いに生きています。AIの活用分野の多様性に関しては、日立はおそらくどこにも負けません。この多様性を活かし、どんどん実績を創り、アドバンテージにしていきたいと考えています。

パトリック

おっしゃる通り、良いアイデアや発明があったとしても、それをどう実装させるか、顧客が本当に欲しがるものか、というシナジーを考えることが大切です。では、将来(2030年〜2040年)における、貴社の社会での役割はどのようなものになるとお考えでしょうか。

矢野

いろいろな視点があると思いますが、社会での課題をテクノロジーで解決するというのが、もともと我々の社是であり出発点でもあるので、これは変わらないと思います。そしてさらに率先して社会問題の解決に貢献していく方針です。もちろん、我々は顧客と一緒に解決して行きたいと考えています。今までは、大きな鉄道会社や電力会社から与えられた仕様に沿った車両やタービンといった製品を納めることでお役に立ってきたパターンが多かったわけです。今後はもう一歩先に出て、顧客と共に、社会の課題、たとえば経済の活性化、環境やセキュリティ、テロ対策など様々な問題に対し、誰かから課題が降ってくるのを待つのではなく、我々のテクノロジーを使って積極的に解決をして行きたいのです。その中で、データや人工知能が大いに活きます。顧客や社会の課題からスタートしつつも、必要なハードウェア、ソフトウェアをそれぞれカスタマイズするとコストがかかって現実的にならなかったものを、データの力を使ってコストを下げ、柔軟に変化に対応することを可能にします。このようなITの技術を、シリアスで堅かったハードウェアやシステムなどのOTの世界と、いかに融合して行くか。その壁を突破するポテンシャルが、日立にはあると思っていますし、それらと真剣に向き合わなければいけない立場にいると思っています。大事だが難しい課題にチャレンジする社会的な役割を担いたいと考えています。

パトリック

その中で、貴社が将来もっとも焦点をあてたいとお考えのビジネス領域は、やはり人工知能やデータになるでしょうか。

矢野

IoT、人工知能が基盤になると思いますが、基盤だけがあっても問題解決に繋がりません。現実の問題を正面から捉え、泥臭く問題にまみれて、単なる抽象論を述べたり、単純にプラットフォームを与え人に解決を委ねたりということではなく、現実の問題を解決して行くことが今後も大事になります。テクノロジーというのは、きれいな流行り言葉の中にはなく、そういった現実の中に存在すると思います。IoTや人工知能はまだ流行り言葉のフェーズですが、このような現実と向き合い本当に問題を解決した時に、本物の技術になるのではないでしょうか。そこに我々の責任や役割があると思いますので、ぜひ取り組んで行きたいと考えています。

パトリック

今回シンギュラリティ大学にご参加いただくことで、期待されていることは何でしょうか。

矢野

個人的には、シンギュラリティという考え方は大変重要だと思っています。特に、「The Singularity Is Near」や「The Age of Spiritual Machines」などカーツワイル氏の著書を何冊か読んで、驚きました。1999年に出版されましたましたが、彼は10年後、20年後、30年後の世の中の変化をかなり具体的に予測していました。10年後の2009年については、私が見る限りかなり正確に言い当てています。2019年についても驚くべき精度で当てそうだと思っています。彼は、他の人にない何らかのメソドロジーと、情報を持っているのだと思いました。その根幹にあるのは、テクノロジーは変化を創るだけではなく、変化のスピードを同時に変える、という考え方だと私は解釈しています。この考え方は非常に重要で、これを理解していないと世の中を正確に見られないと思いました。ぜひ社内で広めたいと思いましたし、そこに一緒に集まる人たちとの交流も非常に価値があると思います。このために、今回は受動的に参加するのではなく、能動的にイベントに関わっていきたいと思います。今回新しいハピネスに関するアプリケーションを皆さんに使っていただく活動を通じて、仲間も増やしていきたいと思っています。

パトリック

今回のサミットでは「Shaping Japan’s Future — 日本の未来を共に形づくる」というテーマを掲げていますが、他のパートナー企業の皆さんと一緒にこれを実現することが可能と思われますか。

矢野

それは心意気の問題ですから、有意義なものにして行きたいと思っています。日本の未来は、やはり人間というものを大事にすべきだと思います。これまでは、工場や生産設備が資産だと考えられてきました。今は人間が資産です。人間の頭脳と、アイデアと、イノベーションをする能力があれば、後は必要なものが付いて来ます。それがなければ、どれだけ財務上の資産があってもそれは負債でしかない。これまでの我々の頭の中の20世紀的なモデルを超える必要があります。今は一人ひとりの人間こそが価値を生産している世の中になって来ました。しかし、まだその認識を持っている人は少ない。サミットがその変化を起こすきっかけになれば良いと思っています。このような理由もあり、人間の力をテクノロジーの力で増幅するというのは非常に大事な考え方だと思っています。働く人の「ハピネス」の定量化にもそのような観点で取り組んで来ました。これからは、ますます時代がそのように変わって行くと思います。このような技術で日本を元気にすること貢献できれば良いと考えています。

パトリック

日本の明るい未来には何が必要でしょうか。

矢野

まずハッピーになることですね。ハッピーな人というのは、面倒臭かったり辛かったりしても、大事なことを第一にやる人だと思います。逆にいえば、大事なこととは「しんどい」のです。他に、もっと簡単で、仕事をしている「振り」が出来るようなものがある中で、あえて時間をかけてしんどいことに挑戦できるかが問われています。そのようなマインドを持った人がたくさんいる会社と、簡単で、やらなくても世の中が変わらない仕事をしている人が多い会社では、当然業績も、そして国としてのGDPも大きな差が出ます。幸福度は、「しんどい」ことをやるための原資です。日本人には、これまでに真面目な難しい顔をして仕事や会議をすることが良いことだという文化ができ上がってしまいました。これを一度壊さなくてはいけないと思っています。

パトリック

では、日立で起こすことができる「破壊的」なこととは何でしょう。

矢野

幸福度を定量化する技術は、とても大きなインパクトがあります。企業単位で、従業員の幸福度を客観的な形で測定し、それを公開するようになれば、働く人の幸福度を高められない企業は人を採ることが出来なくなります。大きな影響力を持つと考えます。企業は、従業員をより幸福にできるしすべきです。これが、すべての国民を再活性化することに繋がります。これは「破壊的」だといえるでしょう。我々はすでに、このためのテクノロジーを持っています。次はこれをどのように広げて行くかが課題です。今回のサミットをはじめとして幸福度測定をする取り組みのコストを下げ、広く普及させることにより、まさに「破壊的」なことが起きるでしょう。人々の考え方や、判断基準などが劇的に変わると思います。私は、11年間自分の身体運動を24時間計測し、日々解析してきました。この測定とセルフフィードバックを重ね、自分自身の幸福度はかなり上昇した自覚があります。

パトリック

幸福度は、年齢とともにより人の幸福度は高くなるのでしょうか。

矢野

歳を重ねるごとに幸福度が上がるという報告があります。しかし日本では、人々は歳を重ねるごとに幸福度が下がるという報告もあります。今生まれる子供たちは、今後100歳まで生きることになるといわれていますが、そのような時代には、現在の60歳を定年というシステムは現実にあわなくなります。社会システムの抜本的な作り直しが必要だと思います。

パトリック

今回のアプリにはマインドフルネスを取り入れていますか。どのようにマインドフルネスを定義するかにもよりますが、私は、自分の思考について考え、自覚することだと思っています。自覚することにより、習慣を変えることが出来ると思います。受け入れて変わること、また「現在」に集中することもそうですが、それにより幸福度が上がると考えますがどうでしょうか。

矢野

マインドフルネスは取り入れていませんが、昨年、カリフォルニア大学サンディエゴ校で教授をしている友人のワークショップを日本で受け、大変興味深く感じました。彼女が来日した際に、社内で1日マインドフルネスについてのワークショップを開催し、20名ほどが参加しました。そこで、メディテーションなどの実践を通して、マインドフルネスは幸福度に大きく影響することを学びました。

パトリック

サミットに参加する皆さんにぜひ「ハピネス」を試していただきましょう。

矢野 和男

理事 研究開発グループ 技術長 博士(工学) IEEE Fellow

1984年 株式会社日立製作所入社。
2004年から先行してビッグデータやAIを使った企業業績向上やウエアラブルによるハピネスの定量化で先導的な役割を果たす。 論文被引用件数は2500件、特許出願350件。
著書「データの見えざる手」がBookVinegarの2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。